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2017年05月04日

few possessed the

Oh, yes! Off trapping now somewhere in the woods. He's a shrewd one, that Lucky. Brings in more furs than any other man in the tribe. He's a tall, wiry chap, with big cheek-bones an' little foxy eyes, an' the reg'lar Indian virtues an' vices. He's brave, an' he's enduring, an' a splendid hunter, but he's sly an' lazy. Little Coffee Jack, his brother, is going to be just like him."

"There's Father calling us," said David, presently. "They probably want water. Where do you get it, Mr. Martin?"

"You'll find a hole cut in the river ice," answered the storekeeper, "if you follow the path straight out from the door. You can't miss it. You want to be careful, though."

Having procured kettles at the camp, the boys easily found the path, and the hole to which it led. So great was the combined thickness of snow and ice that the opening was about five feet deep, wide at the top, but narrowing toward the bottom. A sort of shelf or ledge[119] had been hacked out about half-way down, upon which the person drawing the water could stand, and as an additional safeguard a pole had been set horizontally across the hole. So rapid was the current that the water did not rise in the hole, but fairly flew beneath it.

"I don't wonder Mr. Martin told us to be careful," said David, with a shudder. "One slip on that icy ledge, and down you'd go into the dark water and under the ice in a jiffy."

"Just think," observed Roly, "if Mr. Martin had ever fallen like that when he was here alone, no one would ever know what had become of him. The hole would soon get filled up, and his disappearance would be the kind of a mystery you read about. Probably the Indians would be suspected."

"Yes," said David, "I've no doubt of it. But now let's get the water. You stand up here, and I'll do the dipping. You see," he added, concealing with an air of mock pride the real responsibility he felt, "superior age makes it my duty to take the post of danger,"—with which heroic burst he scrambled quickly but carefully down and filled the kettles without accident, though they were nearly jerked from his hands by the force of the current. It is safe to say, however, that had Uncle Will known the dangerous character of the water-hole, which only Long Peter had visited on his earlier trip, he would have fetched the water himself.
CHAPTER XIV FROM THE STIK VILLAGE TO LAKE DASAR-DEE-ASH
The Bradfords passed through the Stik village early the next day, after leaving letters with the storekeeper to be sent back when opportunity offered. This Indian settlement consisted of about a dozen houses, some built of rough logs, others of hewn boards. A few possessed the luxury of glass windows. Over the door of one of the more pretentious was nailed a board on which was painted the name of the chief, John Kah Sha. The Indians, many of whom appeared abjectly dirty and ignorant, gazed stolidly for the most part at the travellers, but a few nodded and smiled as they passed, and called away the swarm of curs which yelped or fawned at their heels.

Beyond the village the trail turned north and left the river valley, ascending eight hundred feet by a sharp ridge to the top of a great table-land. The snow had melted from the ridge, and it was necessary to unpack the sleds and carry up the goods piece-meal,—an operation which required many trips and the severest labor, and occupied the entire day.
  


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2016年12月12日

reality it was an eternity


Once only Tory arose. The fire was dying out. She must not allow this to happen, as Dr. McClain might desire the room to be warmer. There was one small log. It must be sufficient; not for another moment could she relax her vigilance.

If only she could discover the faintest warmth, one flicker of life, the lifting of an eyelash, what comfort!

Of all her Troop of Girl Scouts why should she, the most inadequate of them all, be the one to meet this disaster? So far Tory had not called it by any other name, although behind her outer consciousness there was an impression she resolutely declined to face.

37 Upon Mr. Fenton’s return she scarcely paid any attention to him save to say what he should do to assist her. She was aware that he looked older than she had ever seen him as he awkwardly attempted to follow her directions.

Incredibly short as the time was, in reality it was an eternity to Tory before Dr. McClain’s car drew up before the House in the Woods.

He came in, followed by a nurse and Dorothy McClain.

As Tory attempted to move and give place to them, she found her legs suddenly unable to do her bidding. She had grown rigid and would have fallen save that Dorothy McClain caught her.

She almost carried her out of the room into the little kitchen that adjoined the living-room.

“You must not give up now, dear; father may need our aid. I don’t believe you have had any breakfast. We will all be wanting coffee by and by. We were just sitting down to the table when the message came. Don’t be disheartened. Miss Frean will recover, she is so beautifully healthy and strong. Remember what an outdoor life she has led!”  


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2016年07月28日

全く表情が変わる事はな

真理は内科医の叔父夫婦に預けられ、愛情に恵まれた生活を送っていたが、時には気分がすぐれないような様子を見せていた。
しかし気分がすぐれないのではなく、美咲との交信によって、真理は集中して美咲が描く絵を見ているのだろう。
それに気付いたのは、神父ではなく精神科医の叔父で確認後、しばらくして神父にはあとで伝えられていた。
当初の神父は半信半疑だった光景が、精神科医から伝えられた神父は心に見えた光景が間違ってはいないと思った。

神父が心の中で見えた光景とは、真理は水平線の見える海、美咲は森の中にある湖、そして海と湖は見えない地下深くの水脈で繋がっていて、真理は自由に海原を飛び回り、美咲は静かな森の中で何かを待っているという現実である。
この光景は精霊からの伝心であり、神父の心の中では精霊の言霊であると信じるようになる。
真理と美咲は、教会での行動から、神父の提案によって、全く別々の人生を送る事になった。
神父が心の中での光景を信じる事になると、その後唯一、姉妹として会えるのは6月29日の誕生日だけである。

神父は、心の中で囁く言霊の指示に従い、内科医と精神科医の叔父夫婦に話し了解を得た。
この頃、叔父夫婦は、神父が話す事を信じるようにしていた。
内科医の叔父夫婦の自宅に神父は美咲を連れて行き、叔父夫婦を含め5人での誕生日のお祝いだった。
自宅から離れようとしなかった美咲は施設の部屋の中に閉じこもっていたが、美咲自身への唯一の信頼できると思い感じ、神父のいう言葉を聞くようになっていた。

美咲は、何も言わず黙ってスケッチブックを与えてくれる神父を信頼をするようになったのだろう。
施設での美咲は、毎日のようにスケッチブックを大切にして、絵を心の中で描いていた。
しかし、神父との信頼関係はあったが、全く表情が変わる事はなかった。

3才になる、6月29日の誕生日の出来事である。
叔父夫婦は、二人に同じプレゼントを贈るが、真理は手を出してくるが、美咲は手を出す事はない。
「お誕生日おめでとう」
神父は、真理と美咲に声をかけながらケーキには1本のロウソクを立てた。
いくらか、嬉しそうな表情を浮かべながら、真理と美咲は、ローソクを見つめていた。
真理は、もらったプレゼントを開けはじめるが、美咲は、ローソクの炎をじっと見つめていた。
1本のロウソクは、2人がいつまでも双子の姉妹ある事を示していた。
そして、神父は、真理と美咲を見て、ある事に気がついた。
美咲が、炎を見つめている時、その瞳には、炎ではなく、別なものが映し出されていた。
この気づきが、神父に囁く言霊の囁きからの答えである事を、神父は知った。  


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2016年07月12日

本人だけの問題じ


つくしはどうして澤田が東京に帰ってきたのか、もったいないと思った。
澤田は都内の有名国立大学を卒業し、ハーバードビジネススクールでMBAを取得している。ニューヨークでもハーバードで培った人脈を生かして精力的に仕事をこなしていたし、
知識と経験に裏打ちされた的確な判断が出来るdermes 價錢人で、賢いと呼ばれるようなタイプの人間だ。
それにつくしと違って任された仕事で失敗したことがなく優秀だ。
背も高く180センチくらいはあるはずで、誰が見てもハンサムと思える男性で世間が言う女が放っておかないと言われるような美丈夫だ。身に着けているものだって上品で良質でまさに投資価値があるような服装をしている。
つくしはよく知らないが澤田はニューヨークでも女性からモテたはずだ。


「澤田君は海外で仕事をしていdermes 脫毛價錢るのが性に合っているかと思っていたが、そろそろ日本が恋しくなったのか?」
「ええ。まあそうですね。それもあるんですが・・」
澤田はぎこちない返事をするとつくしへ視線を移した。
「なにか他にもあるのか?」
「国内の方が気が楽というか、心が和むというか。それに向うで任されていた仕事も片が付きましたし、そろそろかと思いまして」
「君の言うそろそろが何なのか気になるね」重森はつくしへ視線を移すと言葉を継いだ。
「そろそろってのは結婚を考えているって家用濾水器


となのか?」
男二人の視線はちらちらとつくしを見ては何かを確認しあっているようだ。

「部長、いきなりですね?ですがそれは相手があってのことですので、僕の考えだけでなんとかなると言うものではありませんから」

「ああ。確かにそのとおりだ」重森は頷いた。
「それに結婚ってのは本人だけの問題じゃないからな」

「僕も私生活をなげうって仕事ばかりするのも、そろそろ疲れてきましてね」
視線は相変わらずつくしに向けられたままだ。  


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2016年06月21日

負荷に耐えられれ

クローズかオープンどちらで働くのがいいのか?なんか風景のように一人でネット挟みつつ仕事して、定時になったら課長のとこ行って勤務報告書出して、特に話もなく退社。とずっと考えていた。朝、昨日仕事休んじゃたから気兼ねがあって、でもいつものことだから、まあ、いいかって牙膏課長に挨拶もしなくて。


なんか風景のように一人でネット挟みつつ仕事して、定時になったら課長のとこ行って勤務報告書出して、特に話もなく退社。オープンで働く。
休みやすいし、休んでもスルーだし、嫌み言う同僚もいない。


でも、当てにされてない。いてもいなくても同じ。とゆうか、かえって周りに負荷に耐えられれ
気を遣わせてる感がある。クローズで働く。
私にとっては負荷が高いと思う。要領も良くないのでうまくいけば3年目くらいからやっと自身をもって働けると思う。


うまくいけば、負荷に耐えられれば、仕事は楽しくなると思う。なんか、やった感が欲しい。同僚との連帯感がほしい。贅沢な事かもしれないけど。まあ、長く働くならオ改變自己プンなんだけどね。あと10年は働きたいから。なんとなく、さみしくなった1日でした。作業所の友達に会いたいな~。
クローズで働く。
私にとっては負荷が高いと思う。
要領も良くないのでうまくいけば3年目くらいからやっと自身をもって働けると思う。


うまくいけば、負荷に耐えられれば、仕事は楽しくなると思う。なんか、やった感が欲しい。同僚との連帯感がほしい。贅沢な事かもしれないけど。まあ、長く働くならオープンなんだけどね。あと10年は働きたいから。
でもあと10年も今の仕事で満足できるかな。  


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2016年02月16日

後期から大正時代


泉 鏡花(いずみ きょうか)がいる。
作風としては、江戸文芸の影響をうけ、
怪奇趣味と特有のロマンティシズムで知られている。
古典的な文体のため、
現代人にとっては読みづらい作家でもあるが、
どうしてどうして、
今でも売れているそうだ。


彼が、生まれ育った街である金沢の
花街を舞台にしたものが多い。
そのせいか、骨董品を鑑賞する如く、
読みふける人も多いという。

私生活でも変人ぶりを発揮するようなところも
多かったそうだ。
そのエピソードの一つを紹介すると、

「あるとき、彼が小説を書いていたところ、
漢字がわからなり、妻に訊ねると、
(よくある如く) 空中に、その字を書いて示すと、
しばらく経って、『その文字を早く消しなさい』と
真顔で怒るように言った」
という。神聖な文字を残しておくと、
その文字が死んで、
祟りをもたらすという意味だったようだ。
そのような、神秘性の世界が彼にはあった。

鏡花の小説に、
『革鞄(かばん)の怪』という短編小説がある。

それは、ある旅行者の男が旅館に持ってきた
床に置かれた革鞄の中から
夜になって人の声が聞こえてくる、、

というところからストーリーが展開される。

いかにも怪奇趣味的な書き出しだが、
カバンというものは、
何かしら不気味で神秘的な雰囲気を持つものらしい。

カバンと言えば、
ここしばらくの事件で、
オウム事件の特別手配容疑者だった高橋克也被告が、
逃走時に持っていたとされる大きなカバン。
広島で起きた小学生をカバンに詰めて監禁した事件など、
カバンに関連する事件が多かった。

カバンの不気味さを如実に示す事件のように思える。
鏡花が表現したように、
カバンというものには、神秘性が潜んでいそうだ。
  


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2014年03月19日

思うようになりました

このところ、家族一同春眠暁を覚えずっていうか暁忘れて寝ていますが、唯一ハクが晴れ渡った日だけ迷惑にも高吠え一発かましてくれます。

今日のようにどんよりと曇っていましたら、それもないので目覚ましを止めて「2度寝はアカン~~」と思いながらグッスリ。小一時間は経過しています。
そして、起きた時は「目覚ましならんかった?」と、自分で止めたことさえ忘れています。

凛太郎は前から「暁なんて知りません」と、家族の中では一番の遅起きです。母ちゃんがベッドを出た後、真ん中辺りに潜って2度寝、3度寝をしています。

さて、そんな我家ですが、最近ハクが早寝敢行。それも母ちゃんのベッドでです。
寝室の前で、寝室の方を見ながら、母ちゃんの方を見ます。
「入ってイイ?寝てイイ?」的態度です。

「ええよー」と言っても、まだこちらを見ます。

なんでやろーとベッドに行くと、掛け布団を半分めくった状態なので、ハクが寝てOKの場所が作ってなかったのです。
ハクが寝ても、母ちゃんに怒られない場所は、ベッドカバーの上ということにしてあるので、そこの用意がなかったので、しつこくコチラを見ていたわけです。
賢い。
それはそうと、早く寝たがるから、具合悪いんやろかと、ちょっとだけ心配になりますが、食欲は普通通り、散歩の道草もいつも通り、最後は母ちゃんがイラっときて、帰り道はせかすのもいつも通り、思いっきり渋々歩きをしています。多分具合悪いということはないと思います。

と、ここまで書いて思い当たりました。
きっと蓄熱暖房機の前では「もう暑い」のです。

母ちゃんの寝床がハクには温度的に合っているのではないでしょうか?

凛太郎は律儀?に、今も母ちゃんの足元の蓄熱暖房機の傍で丸まっています。

寒い間、ハクは夜中も蓄熱暖房機の傍の方が暖かいとずっとそこにいます。時々母ちゃんのベッドにもやってきましたが、回数はとても少なかったように思います。

ハクは猫のように、家の中で自分が一番気持ち良い場所にいるみたいです。
凛太郎は母ちゃんの傍にできるだけいようとしてくれています。この差は犬と猫みたいです。

昔昔、まだ私がネコアレルギー喘息と病名をつけられる前に飼っていた猫も、いつも母ちゃんの足元で寝ていました。
病名をつけられる前から夜中に咳はあったので、その猫に「足元で寝て」というと賢く足元で寝てくれていました。5kgあったので、彼が足元で寝ていると寝返りに布団がついてきませんでした。苦しくて夜中に目が覚めた時は目を開けたら胸の上に鎮座していたということもありました。

ひょっとして、その猫の生まれ変わりがハクかもと、時々妄想します。

そうそう、ハクが家族の一員になってもうすぐ満4年になります。犬収容車から引き取った日が3月24日なので、その日をハクの誕生日ということにしていますが、忘れるかもしれませんので、一応書いておくことにします。

凛太郎の誕生日は5月28日なんですが、こちらも、もうすぐやなと思っているうちに当日がすぎることがよくあります。
我が家では特別なことは何もしません。なので忘れやすいのかもです。

特別なことは何もしませんが、ワンがいてくれることで、心が柔らかくなることはほぼ毎日のようにあり、毎日のように母ちゃんは特別な贈り物をいただいているようにも思えます。生き物の存在ってスゴイです。
言葉が通じないからこそ、余計に愛おしく思えるのではと最近思うようになりました。  


Posted by weetears at 12:22Comments(0)life

2014年03月10日

バス通りを越え

近所の本屋に行こうと車に乗った極速約會
その時ふと玄関脇の自転車に目がいった。それはもう何年も放ったらかしにしている僕の自転車だった。そういえば最近すっかりと自転車に乗っていない。
天気も良かったし、たまにはいいかも……と思い車から降りた。

自転車は雨ざらしだったのであちこち錆びが浮いていた。調子はずいぶん悪そうだった。とりあえず乗ってみる。各部の動きが少々重いが走らない事は無い。僕はそのまま本屋まで向かってみる事にした。
ペダルを漕ぐたびに車輪からはキイキイと音がした。歩道にいた小学生の二人組がふざけて耳を塞ぎあった。赤信号でブレーキを掛けると甲高い音が響いた。向かいにいた女子高生がクスクスと笑った。僕は少しだけ恥ずかしくなったnu skin 如新

バス通りを越え、緩やかな上り坂に出る。その先に本屋がある。
僕は立ち漕ぎをしようと何に気なしに上体を起こした。そして坂道を一気に駆け上るべくペダルに体重をかけた。その時だった。なんとチェーンが外れてしまった。
ペダルに掛かっていた負荷が一気に消え、力の逃げ場がなくなった。あたふたとバランスを崩し、ハンドルが左右にぶれる。すぐ脇をトラックがもの凄いスピードで抜き去っていく。僕は半泣きになりながら両足を地面に擦りつけ、なんとか転倒を防いだ。
そして迫りくる後ドキを感じながら自転車を押し、とぼとぼと家に戻った。

落ち着いてからよく見るとチェーンはびろびろに伸びていた。タイヤもひびだらけだ。
考えてみたらこの自転車は僕が独身の頃に購入した物だった。それからもう十五年以上経つ。ガタがきているのも当然だった。
近所のホームセンターに行けば安くて良い自転車がたくさん売っている。買い替えの良い機会かもしれない。

妻に相談すべく家の中に入る。だがタイミングが悪い事に、妻はノートパソコンを開いて帳簿をつけている最中だった。
今は確定申告の時期である。独身時代には毎年これで頭を悩ませていた。とにかく色々ややこしいからだ。
結婚後、申告方法をさらにややこしい「青色」へと変更した。それからというもの、申し訳ないと思いつつ、帳簿付けはすべて妻にお願いしている。自分はと言えば完成した申告用紙を提出するだけだった。

僕は妻の背後からそっとパソコン画面を覗いてみる。
開かれた会計ソフトには収入額やら納税金額やらがリアルな数字となって浮かんでいた。それは正直言って威張れるような数字ではなかった。きれいさっぱりしていて潔いぐらいだった。
妻のため息が長く伸びる。僕の背筋がぴしーっと伸びる。新しい自転車が欲しいなんてとても言える状況じゃない。僕はそっと部屋から抜け出した如新集團

外れたチェーンを掛け直し、モンキーレンチを使って長さを調整をする。試しに立ち漕ぎをしてみるとチェーンは外れなかった。次にウエスとコンパウンドを使用し車体を磨いた。すべてとは言えないまでも錆びはかなり落ちた。最後に潤滑オイルを各部にスプレーし、嫌な音を消した。タイヤは小遣いが入ったら交換すればいい。
たったそれだけの事だったが、なんだか自転車は見違えるようになった。もう恥ずかしくなどなかった。せっかく今まで一緒だったのだ。もう少しだけ付きあってもらおう。

まずは週明け、妻が書きあげてくれる確定申告の用紙を持って、税務署まで自転車で行こうと思った。ちょっと遠いけど運動にもなるし一石二鳥かもしれない。  


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2014年03月03日

あの禿げた頭が

映画の弁士から漫談家になった徳川夢声は、
声の抑揚だけで、人を泣かせたり笑わせたりできた人物だった。
いわゆる「活動写真」の弁士だった頃、
映し出される映画の状況を把握し、
その感情をみなぎらせることを心がけたという。
すなわち康泰、映画に対する過不足のない解釈が、彼のやるべき第一歩だったようだ。

ピアニストにもそういったところがある。
コンクールなどでも、弾く曲をどう解釈するのが問われる。
五線譜に書かれた曲は同じでも、
解釈ひとつで別の曲かと思うほどに違ってくる。
その思いを乗せて演奏することがポイントでもある。

演劇の世界にも同じようなところがある。
宇野重吉とともに劇団民藝を立ち上げ、共同で代表となった滝沢修は、
名優として知られるが、
シェイクスピア『ヴェニスの商人』の
ユダヤ人金貸しのシャイロック役を演じるとき、
前もって演出者に、喜劇的に演じるのか、悲劇的に演じるのかを問い、
そして、
この芝居の(ヤマの部分である) 法廷の場で演じられる台詞(せりふ)を、
七通りに使い分けて聴かせたという康泰旅行團

シャイロックを悲劇的に演じれば、
その他の人物の役回りも、それに合わせて替えなければならない。
型を破って喜劇的に表現するのも面白い。
そういったところが演出家の腕の見せ所となる。

年下の演出家に対してこんな風に
前もって実演して見せるという心配りをしていた。

舞台で名演技を繰り広げていた滝沢修の、
あの禿げた頭が如新集團、今も懐かしい。  


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2014年02月26日

引き取ってもらうのに

わたしの家庭は、皆さん方の家庭とは違っているのかも知れない。
あるいは、家族の中で、わたしだけが違っているのかも知れない。
わたしの周辺の家庭だけが、皆さんと違っているのかも知れない。


亡くなった家族の、多くの遺品を整理、処分した(ごく身近な)人の話を聞いていると、
「大量にあって疲れた、まいった、大変だった。
想像はしていたが電腦椅、量の多さ、内容のガラクタぶりに驚いた」
という声は聞くが、故人を偲んで辛かった、という声が聞けなかった。
中には、すばらしい高価な宝物を見つけ出した人もいた。

母は、祖母が亡くなったとき、一気にすごいパワーで
蔵の整理やら、祖母の遺品の整理をしていたように記憶する。
なにも、こんな時期にしなくても・・・と思ったが、ノリ、勢いというものがあるのだろう。
休憩も入れず、凝縮した作業で、ががががーーっと、根を詰めてやっていた。
その体力、バイタリティたるや、すごい。ブルトーザーのごとく働く。

何百キロ~トン級の遺品を処分したという話も、二人聞いた。家ごと逆さに振ったのか?
彼女たちには、辛さは、精神的というより、肉体的に大変そうだった。
何トンとなると、ひとつひとつ、感傷に浸っているヒマも余裕もない。
「不要」「必要」「重要」「保留」に分ける、その仕分けには、体力ではなく、判断力がいる。
大量にあると、最初の頃の仕分け判定と、最後のあたりの判定とでは、多少の誤差が生じる。
ぱぱぱぱぱぱっとしていかないと、のろのろしていたら日が暮れて、何ヶ月も何年も、何十年もかかる。

「保留」「重要」に分けられたものを横目で廃品回収屋が狙う。
「これ、もらっていきますね」「だめです」
逆に、いいタイミングに業者がスタンバイしている、この機会に、とばかりに押し付けようとする。
「これ、持って帰ってください」「だめです、いりません」
お互いの価値観が微妙にズレる。
お金になるかどうか、売れるかどうか、だ。

引き取ってもらうのに、お金がかかる。
中には、引き取ってもらうと、お金をもらえるものもある。
この差が、おもしろい香港如新集團

・・・

ひとつの世代が終わるというのは、こういうことだ。
自分で自分の世代を終わらせる、賢い、立つ鳥、あとをにごさず、が、断捨離だろう。
ほったらかして他界し、家族に押し付けた場合、いまいましく、疲れる作業だとげんなりされても、
わたしの周辺では、ひとつひとつに感情移入するヒマは、ないケースが多い。
わたし自身のケースだと、家族は、それはそれはスッキリした気分になると思う。
泣くとすると、すっきりして、泣いて喜ぶ、って涙だろう。

・・・

ガラクタ集めと、コレクターとの違いは?

義父は、コレクターだった。
切手収集も好きで、あれこれ買い集めていた。
「これは、孫にやるんや」と切手帳を見せてくれたときの、喜びの笑顔を思い出す。
切手は、小さく薄いので、いくら大量に集めたところで、あまりかさばらないのが良い。
文学作家の執筆した本は、娘たちが読んだりして、義父亡き後も有効利用した。

価値あるものも、そうでないものも、どっちもある。
初任給以来、ずっと取ってある給料明細書、こういうのもあるらしい。
義母が捨てたかどうかは、知らないが。
夫(=息子)の学生時代からの成績表、こういうのも取ってあるようだ。
「見る?」と義母に聞かれて、「けっこうです」と遠慮したが。
そんなもんは、興味ない。
それも捨てたかどうか、知らないが。
こんなものも?と思うようなものも取ってあるのだが、
じつにきちんと整理整頓されて、ぴしっと、きっちり几帳面に、四角四面状態で収められている。

・・・

本屋で、「断捨離が出来ない人の3つのタイプ」というところを、立ち読みした。
(1)現実逃避型・・・毎日の生活が忙しくて、整理したりマメにできなくて、ほったらかし。
(2)過去愛着型・・・自分の過去の想い出のモノを捨てられない。
(3)将来備蓄型・・・用意しておけば助かるだろう、使うだろうと、せっせと蓄える。

使えるものと、使うものは違う、そうだ。
確かに・・・確かに・・・その通り。
それで言えば、わたしは、使っているものは、じつに少ない。
しかも、使いやすいもの、好きなもの康泰旅行團、というよりは、
手の届くところにあるからという理由で、少々難ありのものでも、渋々使っていることもある。
もっともっと使いやすい、いい製品も持っているくせに。

この1年で使ったものと、使わなかったものに分ける。3年、5年、10年、と年数を分ける。
すると、本当に必要なものと、そうでないものが明確に分かれる。


ただ、ここで、わたしは開き直る。
溜めていて、誰かに迷惑かけてます?
虫がわくとか、異臭がする、家の通路がいっぱいで通れない、部屋がふさがって生活を圧迫する・・・
そんな迷惑は、かけていない。
後に捨てる人が大変かも、というだけだ。
全部捨てたらいいので、仕分けしなくてもいい。
(ただし、預金通帳や貴金属類など、本来セーフティボックスに入れるべきものと、芸術品は捨てないように)

その気になったら、特定の収納箇所に、重要品だけをピックアップして、まとめて入れておく予定。
あとは、すべて捨ててもらったらいい。
この、必要か必要でないかを見分ける、アタマを使う仕分けが面倒でイラつくわけで(時には感傷的になったり)、
全部捨てるとなれば、けっこう体力仕事だけだから負担が少ないと思う。

一度も使っていない嫁入り布団やら、嫁入り道具なんかもまだ夫の実家に置いたまんま。
あれを捨てないでいることで困っている人もいないようだし、今のところは、そう切羽詰っていないような気がしている。
なんていう、この環境が、わたしを断捨離できない人間に育てていってしまっているようだ。

せめて、現在の自分のガラクタだけでも処分しようと、
神妙な面持ちで反省もしつつ、思っておる次第でありまする。  


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2014年02月19日

生命,滋養著生命之光

或許,初見的驚豔,幽雅著距離,便能溫柔著歲月。若有情,若相惜,若初見,剛剛好。
誰,都可以愛誰,也可以不愛誰,這,沒有對錯,都是心靈的選擇,喜歡一種磊落。
生命裡,總有屬於自己的避風的茅草堂,即使破舊,依然可以安放一生的悲喜與冷暖,那些盛開的真誠,
依然可以溫柔著生命。隱忍,堅韌,生動著生命,始終,不會枯萎。一些事物,目睹,才能真實,只有真實,
才能擁有滿滿的歡喜。也能,無悔,此心。
---文字/sissy

一樹溫柔,隔山隔水,曼妙著遇見。
生命,滋養著生命之光。
點點輕盈,穿越著喧囂,毫無猶豫的相擁。
某年某月某天某一時刻,迷失于初綻的嫣然。
原始森林裡,觸摸著四目對視的暖。
月影花語,溫暖著兩個年輕的生命,就這樣依附著自然。
就這樣,一個身影,永恆在我歲月的窗前。
指尖裡流淌著感悟、銘記,還有那一樹嫣紅。
彼此觸摸著真實,有沒有結局,又如何?
那無與倫比的暖意,滋養著乾涸的心田。
那些溫柔,籠罩著午夜的孤單,驅散著清寒。
既然世界上,沒有什麼可以永恆,就單純的享受花開的姹紫嫣紅。
或許,最悲哀的便是,如新集團回首竟然沒有什麼可以渲染記憶。
無論你是否願意,往事依然無悔佇立,溫暖無跡可尋,怎會不疼痛?
我們與時光一起走,某一段竟然是生命的空白,
或許,就是一種極致的殘缺。
最大的缺憾,竟然是觸摸著精神的貧瘠。
愛,只有一個理由,愛著,不愛,什麼都是理由。
身影蹣跚,步履飄搖,是否,所有的精彩背後都是無奈?
一次一次的淚水,澆灌著堅強。
生命之花,依然悄然盛放,閃耀無與倫比的光芒。
廣袤的大地,始終包容著波瀾起伏,
心底的,惟有自己懂得,那種純粹,只屬於自己。
依然守望,守望著生命無悔的樂章。
始終堅信,總有一天,總有那麼一個人,
在你的生命裡,在你的記憶裡,浸染著永不褪色的斑斕。
一個人的篤定,覆蓋不了另一個的敷衍,
或許,言語總是過於蒼白,那就習慣著無言。
多少思念,nuskin 如新載不動一葉輕舟?
或許一片雲朵,偶然投影湖心,層層漣漪,那些歡喜之後便是漠然。
一個人的漠然,觸摸著另一個人的疼痛,
若,你忘了蘇醒,我寧願一直一直閉著眼睛。
不會輕易去愛,不會輕易去恨,
不能做歲月的奴,不讓一條枷鎖沉重了一生。
塵世間,無論什麼樣的情感,只要不辜負珍惜兩字,便是心靈完美的交付。
若愛,只是路過,喜歡一種徹底的凜冽。
藕斷絲連,註定不是愛,
就讓那些情感自然來去,回首,終是沒有辜負了自己,
笑淚飛揚的純真裡,洗滌著心靈的塵埃。
一些心念,始終撞擊著木魚,聲聲老去。
或許,不該強求,不去奢求,
一處安穩的居所,輕依斜陽,看一樹妖嬈,
漫不經心,光陰漸漸走遠。
無論什麼心境,靜守平凡,
依然可以從容淡定,炊煙裡嫣然,幽雅繚繞著生命。
俏,也不爭春,一直,很安靜。
鉛華洗盡透視著那些生命滄桑,觸摸著人間百態,
迂回曲折,終是賞遍落花流水的溫柔。
幾許美麗,盛開在寬容與釋然的慈悲裡。
學會感恩,學會愛與被愛,
總有一些平和,康泰旅行團慢慢滋養著生命裡那些不能遺失的美好。
堅強,是一種滋養,始終會,生動著生命。
細細收藏那些歲月沉澱的心動,總有完美的心動,
讓生命重新發芽,擁有實實在在的歡顏。
低落塵埃的卑微,即便開出花兒,也會枯萎。
只有那些驕傲掛滿枝頭,開出的花兒,
才能邂逅那些盛開的疼惜,一直生長著,
每天真實觸摸著永遠,永不凋零,
狂風暴雨,折損不了心底的美好。
凝眸春的身影,那些清澈,依舊會日漸蔥蘢。
時空裡,總有純淨可以追尋,
捨棄那些啜泣,那些不會丟失的,終會融入生命。
生命,斂盡枯澀,穿越著荒蕪與靜寂,盡綻斑斕。
悉心裡,撿拾著至誠,一些溫暖,有一日定能沁滿心懷。
清清楚楚,乾乾淨淨,對生活,我不拖不欠。
一直堅信,洗盡鉛華,在寂寂長夜,
總有一個人,會給你所有的溫暖。
生命如花,璨然著時空,悄然綻放著無盡芬芳。
那些嫣然,無懼風雨,永遠,不會失色。
若有一天,你經過我的窗前,我深深的珍藏你的虔誠。
若干年後,無關結局,若有記憶,
還可以觸摸飽滿,觸摸微笑,觸摸歡喜,便是最美的結局。
  


Posted by weetears at 16:17Comments(0)nuskin

2014年02月12日

そんな中

 僕は寒さに弱い。冬になるとだいたい一度や二度は風邪をひいてしまう。しかも高熱にうなされるタイプのやつだ。

 関東で記録的な大雪が降った如新集團。その日は例によって発熱していた。
 顔はほてっているが体の寒気は収まらない。僕は布団に潜りこんだ。そして隙間から窓の外を見た。曇り始めた窓に、降り続く雪が見える。庭は真っ白になっていた。垣根もベンチも植木鉢も、みんな雪に覆われている。

 そんな中、息子が雪玉を転がしてた。雪だるまでも作っているのだろう。
 子供って本当に雪が好きだ。息子は前日、天気予報を聞いて喜んでいた。なにをして遊ぼうかと、あれこれと計画を立てていた。そして今、彼は雪玉を転がしている。僕は体温を計っている。38度5分。ふむふむ、数字を見て更にしんどくなってくる。
 ぼうっとする頭で、僕は息子が産まれた時の事を思い出していた。

 今から七年前の事、季節は今と同じく冬の日だったnuskin 如新。妻は初産という事もあり、関西の実家に戻っていた。
 東京の仕事先で、そろそろだという連絡を受けた。
 僕は慌てて夜の新幹線に飛び乗った。東京から京都までの二時間がとても長く感じた。そろそろ静岡越えたな、と思った時はまだ新横浜で、それぐらいもどかしかった。新幹線の楽しみである缶ビールも、サンドイッチも、かちかちに凍ったアイスクリームもこの日は無し。僕はただひたすら目的地に着くのを待っていた。

 ようやく京都駅に着くと義母の車で、妻のいる産院に向かった。思えばその時から雪がちらついていた。
 義母は「初めての出産は時間が掛かる」と言った。産院で再会した妻も「いつ産まれるか自分でもわからない」と言った。その言葉通り、陣痛は間隔を狭めながらも何時間も続いた。隣りで見ていてとても辛そうだった。
 そして真夜中の三時過ぎ、ようやく息子は誕生した。妻はもちろん、僕も義母も大きく息を吐いた。ふと窓を見ると、雪明りに光る夜の景色が広がっていた。

 その後力尽きた僕は廊下のベンチで眠ってしまった。そして当然風邪をひいた。乳児たちに風邪をうつしてはいけないので、そのまま産院から退去処分となった。予定ではしばらく泊まりこむつもりだったのだが、結局は東京行きの新幹線に乗っていた。相変わらず間抜けな結果だが、帰りの新幹線では風邪にもかかわらずしっかりと祝杯のビールを飲んだ。

 とは言え、子供が産まれる事には不安もあった。どう考えても自分がまともな親になれるとは思えなかった。
 その時僕は出会えたばかりの息子の手を思い出した。とても小さく頼りなげな手。そんな手でも指きりはできる。約束はできる。良い父親になどなれないかも知れない。しかしどんな時でもそばにいる。どんな時でも必ずそばにいる……僕はビールを飲み干し、不安を吹き飛ばした。気が付いたら東京だった。まるで眠っていたみたいだった。

 窓の外は相変わらずの雪景色。息子は苦労しながら雪玉を重ねていた。そして立派な雪だるまが完成した。目と口には玉砂利が使われている。そのにこりと笑った雪だるまと目が合った如新nuskin產品。今日は多分、君といつまでも見つめ合っているのだろう。
 熱はまだまだ下がらない。
 窓の外で息子が得意気な表情を見せた。完成した雪だるまを自慢しているのだろう。  


Posted by weetears at 11:29Comments(0)diary

2014年01月21日

口に入るものは

どんなに注意していても口から発する言葉によって人間関係で躓いたことはないだろうか。誰ひとりとして口からの言葉で嫌な思いをしなかった人を見つけるのは難しい。口と言葉は切っても切れない関係なのだ。

「口に入るものは、人を汚さことはない。nu skin 如新かえって、口から出てくるものが人を汚すのである」(マタイによる福音書15章11節)。聖書に書かれている一節です。「沈黙は金」「口は禍の元」と言う諺も。その意味は、どちらも不用意な発言は身を滅ぼす要因となることであり、発した言葉が自らに災難をもたらすことと言うことだ。だから言葉遣いは慎重にせよという例えだ。

そうは言いつつも口から出る言葉によって様々なトラブルが生じていた。言葉によるトラブルは人類が生じた時から始まったようだ。人と話す事が大好きだけれども、後になって「あれは言わなければよかったかな」とつい後悔してしまうという人も多い。ついつい話しに夢中になり勢いにまかせて言ってしまった、と後から後悔すると言うだけで今のところ何も弊害が出ていない、と言うのならまだしも良い。しかし既に手遅れで人を傷付けていて、そのせいで無視されるようになったと言うで有れば如新集團、これは可なり深刻な問題と受け止めたほうがいいではないかと思うのだ。この様に言葉の怖いところは、一度口に出してしまうともう引っ込みがつかなくなるという事です。夫婦喧嘩の原因も、この「言った」「言わない」がある。私も何度も有ります(笑)

言葉で自分も楽しくて、一緒に会話をしている相手も楽しいというのが一番です。でも気づいたら自分一人だけで話していて他の人達は聞き役に回っていたという経験があるのではないか。お互いが話好きならいいのだが、聞き役が話嫌いならとても困ります。そんな人とは会話は弾みません。でも話嫌いでも、nuskin 香港最低限の意思疎通は大切なことです。

このように口から出る言葉は、人を高めたり、励ましたり、或いは意思疎通をするものです。その反面、暴力的で人の心を傷付ける言葉も発するのだ。見えない暴力が口からの言葉です。そうならない為にいつも優しい思いを心に満しつつ、いざ相手と話す時になると相手に適する言葉が見つかり出て行くと思います。  


Posted by weetears at 12:00Comments(0)記事

2014年01月13日

1月7日の早朝

きのうは「七草」だった。

昭和30年代に入る前の時期だが、
僕の故郷では「七草祝い」というのがあった。
数え年七歳の子どもが牛欄牌奶粉、空のお椀を持って近所の家々を回り、
その家の七草粥をもらって帰るのだ。
l_04[1]
人の家に「ください」と行くのが嫌な僕は、祖母に無理やり背中を押され、
自宅からずっと道を下ったところにあったマツシタさんちへ向かった。

もちろん、いきなり「お粥ください」と行くのではなく、
あらかじめ、「行かせるよ」「いいよ、おいで」というやり取りがあるわけで、
行けば貰えるという筋書きはできていた。
それでも「もし貰えなければ恥ずかしい」みたいな思いがどこかにあった。
いま考えると、どこかおかしな小僧だったのだ。

1月7日の早朝。
祖母に渡されたお椀を持って、マツシタさんちの玄関先に立つと、
待ってたよとばかりに、にこやかにそこのオバサンが出てきて、
「元気な子になりなさいと」と、お粥をよそってくれた。

「嫌な仕事」はすぐに終わり牛欄牌、ホッとした僕はなんだか嬉しくなった。
スキップしながら軽やかな足取りで、5分ほどの道程を急いでいると、
サンダル履きの足指の先を独特のヌルヌル感が包んだ‥‥。

それは、まだ温かみの残る、牛の糞だった。
安堵と嬉しさの直後に来たヌルヌル‥‥。

なぜか無性に涙が出た。
「早く帰って無理やり行かせたバアチャンに文句言おう」

自分の不注意によるくだらないミスを、自分以外の誰かに、
つい当たってしまう牛欄牌回收
この「性質」は、いまでも残っている。  


Posted by weetears at 16:35Comments(0)牛欄牌

2014年01月06日

少年のぼくは

なぜありがたいのかはわからないが、火のそばにいると体が温まる。なにかが体の中にじわじわと染み込んでくる。食事をして、快く内蔵が満たされてくるのと同じ感覚かもしれない。
動物的で原始的な、素朴な充足感に包まれるようだ中醫針灸減肥。とにかくありがたい。寒い時期はいっそうありがたい。

大阪の南部に、弥生文化博物館という施設がある。
館内の一角に弥生時代の掘立て小屋が再現され、炉の火を取り囲んでいる家族の模像が展示されている。その光景に特別な懐かしさを感じる。
その時代は、火というものが今よりずっと貴重なものだっただろう。火は生活であり、命そのものであったかもしれない。そのような命の火が、いまも現代人の血を温めるのだろうか。
すくなくとも、ぼくの中では火の記憶は懐かしい。

子どもの頃は、路上のいたるところで大人たちが焚火をしていた。
そして火の周りには、吸い寄せられるように人が集まったものだ。そこで楽しいことや得することがあったわけではない。だが、火のそばにいるだけで快い気分になれるのだった。不思議な安心感があった。

少年のぼくは、大工という職業が好きだった。
彼らが作業をしているのを、どれだけ見ていても飽きなかった不孕症治療。彼らが作業しているそばには、必ずといっていいほど焚火があった。彼らは汗をかいて作業していたから、火は暖をとるだけのものではなかったろうし、木屑を燃やすためだけに火を燃やし続けていたのでもないだろう。
そばに火の温もりがあることが、孤独な労働の心の拠りどころになっていたのではないだろうか。
木を裁断することや柱を組み立てていく作業は、火という原始的で祭祀的なものと、なにかしらの精神的な繋がりがあるように思う。

最近は焚火のような、煙りや匂いのある火にお目にかかることはほとんどない。
年の初めに近くの神社の境内で燃やされている焚火が牛欄牌奶粉、貴重なものに思えるようになった。大きな切り株が勢いよく燃えている。じんじんと刺すように体に伝わってくる熱気に浸る。いっとき弥生人の喜びというか、古代の神の恩寵みたいなものが体に蘇ってくるような気がする。
正月くらい神の領域に近づいてみたいと思い、おみくじなどを引いてみる。だがその程度の信仰心しかないぼくには、おみくじの紙の言葉は古くて新鮮ではあるけれど、焚火から受ける炎の託宣に適うものではないようだ。
吉と出るか凶と出るか、亀の甲羅や鹿の骨などを火で焼いて神の声を聞いたという、古代人たちの真剣な心をおもう。  


Posted by weetears at 11:27Comments(0)健康

2013年12月30日

とは言え

俳人・小林一茶の句には、正月を詠んだ句が多い。

中でも、よく知られているもので言えば、
「めでたさも 中くらいなり おらが春」
「あっさりと 春は来にけり 浅黄空」
など、一茶の卜維廉中學、ささやかな人生観を投影した句がすぐに浮かぶ。

同じく正月を詠んだ句に、
「春立や 菰(こも)もかぶらず 五十年」というのがある。
この句の意味を簡単に紹介すると、
「この歳まで乞食(=菰かぶり) に身をやつす事もなく、五十歳の正月を迎えたなぁ」
というところだろうか。
やはり、一茶らしい小市民的な香りが漂っている。

思えば、元旦という日は天文学上の特別な日ではない。
日付の面で一月一日というだけで、
他の日と変わりのない日と言ってもいい。
だけども、正月の朝を迎えると、何か空気まで
昨日と変わっている気分になる。

とは言え、誰もが感じるところだが、
だんだん正月らしさが薄れていっているように思える。
しかし、よくよく観察してみると如新nuskin產品
それ以上に、本当に薄れていっているのは正月そのものではなく、
それを前にした大晦日の有り様かも知れない。

井原西鶴は、庶民の大晦日にこそ、面白みがあるとして、
『世間胸算用(せけんむねさんよう)』を描いてみせた。
江戸時代、大晦日(みそか=月末)は、一年分のツケ払いの決算の日となる。
そのため、貸し手にとっては取り立てなければならない重要な日。
借り手にとっては、何とか逃れようとする一日。
「てんやわんや」の人間模様が展開されるのが大晦日だった。

現代の大晦日といえば、たいてい、普段より増して賑やかなテレビ番組が続く。
そして、夕方頃より世界タイトルマッチや紅白歌合戦など、ますます賑々しい。

と、急に場面が変わるnu skin如新

映し出されるのは、知恩院『除夜の鐘』。
(この落差が、「妙」かも知れない。)

そして、新年を迎える事になる。


今日は、おそらく仕事納め。

いよいよ、お正月行事のモード開幕といったところだろう。  


Posted by weetears at 12:27Comments(0)nuskin

2013年12月17日

ちなみに

寒い日が続く。
これから、ますます寒くなっていくようだ。

と、ブログを書くにも、寒いせいか、熱チャージができない。
とりあえず、お腹に熱いものを入れて(あ、春雨カップスープです)、さて、無理やりウォーミングアップ。

ここのところ、ブログ村エッセー、ちょっと順序が入れ替わっている。
わたしは、不思議なことに中風、ブロガーの皆さんを応援している。

ちなみに、
今日のブログ記事内容は、自分のためだけに書いた、自分自身の考えをまとめるためのものなので、
ここで、Uターンしてください。
駆け引き無く、本心です。

・・・

それはそうと・・・

急激に寒くなったので、水道管が凍って破裂してはいけないから、即、対応を!と実家の母からの依頼、要請あり。
県をまたいで、高速道路を乗り継いで、そこそこの時間がかかる、
実家まで車でえんやこら、えっさっさーと駆けつける。
運転は、娘婿。
孫、娘、ついでに夫も乗って、母の入院先へのお見舞いも兼ねて、遠路はるばる大移動。
実家の屋外に設置してある水道栓に、所定の袋をかぶせて、ひとつひとつ丁寧に紐で縛っていく。

所定の袋には、それぞれ個々に、「どこどこの○○の横の、なになにの水道栓」と
太く大きくマジックインクで書かれた封筒が紐で、くくられている。
所定の各々の袋は、これまた、各々の所定の場所に保存されている。
宝探しゲームのように、その書かれた指示どおりの場所に行って、所定の水道栓にそれらの袋をかぶせて固定する。
その間、病室から、母からの指令の電話がじゃんじゃん入る。
補足説明が、細かく続く。
まるで、徳田虎雄氏のごとく。

人口わずか、田舎なので、なにしろ、だだっ広い。
ちょっと水道管をどうのこうの、という作業でも、近所に住んでいれば、ちょちょいのちょい、だが、
遠くからは、この度は、お見舞いのついでであったから、どうってことはなかったものの、今後が大変だ。
毎年、母がやっていることで、任せっぱなしだったが、
予期せぬ入院というアクシデントがあると、対応できないことが出てくる。
母は高齢につき、これから、いろんなことが十分予測できるので、
寒くなる前に、やっておかなければいけない雪纖瘦


娘、曰く。
「行くだけで1日仕事やね」

ま、そういうこと。

わたしは、なぜか、この手間のかかる無用の長物である「実家」が好きなのだ。
手間だけでなく、お金もかかる。
おそらく、わたしひとりの力では、とうてい維持できないだろう。

この実家は、人里離れていて、交通の便は、非常に悪く、資産価値もなく、家屋は古く修理維持費がかかり、
いいところは、まるでない。
今は、母がどうにか手間隙かけて維持しているが、入院したり、体が動かなくなったりすると、
どうしようもない。
母は最近「高齢で危ないから運転禁止」と我々に言われて、いやいやながら免許を返上したので、
それまでは自ら車を運転して行っていたが、この家に行く手段を絶たれ、不便極まりない。

誰の得にもならない、誰も喜ばない、なんのプラスにもならない、労力とお金ばかりかかる、
こんな実家に、なぜ、わたしは、愛情を注ぐのか?
しかも、遠方に住むわたしは、すぐに飛んで行って、スピーディな対応や処置ができるわけでもないのに。
自分で運転して、高速道路をぴゅっとぶっ飛ばして行くのならまだしも、
いまだに高速道路の乗り換えがわかっていない、
誰かに運転してもらって、行っている、自分自身がお荷物のような人間である。
(一応は、運転できるんだけど、・・・運転、その他が、ひどい・・・)


いずれ、わたしの希望通りにはいかなくなる日が来るだろう。
いくら愛着があっても、現実的にできることと、できないことがある。
少しずつ、荒れ果て朽ち果てて、草ぼうぼう、廃屋になっていくのを見守るしかないのか。

わたしが出来る間は、出来る範囲内で、維持に協力したいと思っている。
そのためには、若い世代の力も借りたいが、
彼らにとって、なんの価値もないものを、無理やり片棒を担がせるのも、忍びない。

が、わたしは、モノの継承は、文化の継承でもあると思っている。


不必要なモノばかりに囲まれて自分の家に暮らしているわたしを見て、子供たちは、批判的であるが、
それはあくまでの、わたしの今の生活。デイリー・ライフ。
自分自身も、誉めたものではないと自覚しているし、できるものなら断捨離したいし、
今、好き勝手している私の家を、べつに継承する必要などまるでなく、
むしろ、反面教師としてのタタキ台でもなんでもいい。

しかし、実家は別である。
これと同じパターンが、夫の実家にも言える。

こんなに複数の、手間隙のかかる、大きな無用の長物を抱えて、どうするの?
夫の実家は、息子に託す曾璧山中學
(息子は、あと50年したら帰ってくるそうな。気の長い話だ。
わたしは天国か、地獄、草葉の陰から、見守っていることだろう)
バトンタッチのバトンが、うまく手渡らなくて、手から零れ落ちたときに、家は消滅することだろう。


父や母が、なによりも愛して、大事にしていた、イエ。
そして、義父や義母、その先代たち、親戚たちの、命ともいえる?イエ。
「時代錯誤」とわたしは全面的に否定的だったが、いま、この年齢になって、少し見直しの時期に入っている。
イエ制度そのものは、核家族になり、時代の流れに抗うことはできない。
戦後、民法も改定され、いまや婚外子も財産権が認められる時代。
明らかに時代と逆行した、意識の芽生えである。
が、違う形で、生きてきた証しのようなものを継承できればいいなあと、考える。

それが、ハードとしての「家」だとしたら、反論も大きいだろう。
まったく意味がない、と。
「家」は、生きた証しがいくつかあるうちの、ひとつの大きな柱となるツールである。
家を映像や画像にデータ化して、心に保存するという方法もある。
家は、究極の断捨離・対象物かも知れない。

家も、保存できればいい。
しかし、なにも手をつくさなければ、人の棲まない家は傷んでくる。
稀有な歴史的建造物でもない限り、永久保存はありえない。
わたしが、いくら望んでも、できないものは、できない。
そういうことだ。

泣く泣く断捨離の、その日が来るまで、
思い残すことなく、悔いなく、一生懸命、無用の長物に関わっていきたいと思う。  


Posted by weetears at 11:26Comments(0)記事

2013年12月12日

わたしは

ある人と、お互いに年齢の当てっこをした。
前々から知っている人。

「さあ、あなたから」
「いえ、あなたから」

お互い防刮花保護膜、先に相手から言わせようとする。

しびれをきらした相手は、先にわたしの年齢を言った。
「○○、+1?」
ぴたりの年齢と、もうひとつ上の年齢を発した。
(例→32歳の人に、「32,3歳?」というようなパターン)

わたしは、う、となった。
ぴたり、ではあるが、2歳にまたがる、もうひとつの年齢がひとつ上である。
ここは、ズバリ賞ではあっても、追加部分は、ひとつ下あたりを言ってほしかった。
(例→32歳の人に、「31,2歳?」と)

女性は、なんで、こう見かけ年齢にこだわるのか。
わたしはフリーズして、しばし蘇ることができなかった。


で、気を取り直して、今度は、わたしの番。
(相手の年齢推定を)言っても、言わなくてもいい、という流れにもなってきた。
でも、勇気を出して(どんな勇気?)推定数字を口から放った。
「○○歳?!」

相手は、「いいとこらへんを、言うねえ」
と、ぴったり、どんぴしゃりだったかのようなリアクションを示した。
が、本当にその年齢なのか、近いのか、遠いのか、よくわからない。
もし、もっと実際は若かったら、文句がとっさに口から出るだろう。
あるいは、がっかり、しょんぼり、残念感が漂うだろう。

わたしは、考えに考えた末、じつは、実際に予想している年齢より、6歳も下を言ったのだ。
すごいリップサービスである。
いつも思っている年齢をそのまま口にしてもよかったのだが、いざ、その場になると、
うーーーん・・・失礼だったらどうしよう・・・と、考えて、
考えられる年齢で最も若い年齢を無理やり、なかば、現実とかけ離れていてもいいや、と冒険的に言った。
(自分が傷ついた後だったので、相手にもそんな思いをさせたくないという気持ちから)
相手に気を悪くさせるぐらいなら、実際の年齢がわからないほうが、マシかと思い、
ピンポイントで実年齢を知る作業をOtterBox防水手機保護殼、あきらめた。

なのに、相手のわたしに対する推定年齢は、ぴたりとは言うものの、1歳上が、くっついている。
気のきかん、やっちゃ。


・・・・

実際のところ、しばらく、じわーっと落ち込んだ。
年齢どおりに見えるということは、悪いことではないが、よいことでもない。
少し前は、若く見られたのに、大ショックである。
若く見られたからといって、どうなるわけでもないのだが。

10歳以上若く見える人も、何十歳も若く見える魅力的な美魔女もいる。
あーあ・・・

たったひとつの、遊びのコトバ(数字)で、こうもがっかりするなんて、
わたしは、平和な次元にいるのだと実感した。
(それより、脳年齢のほうが、気になる)


しかし、・・・
ここでまだ収まらない、もやもやキモチを納得させるため、へ理屈を考え出す。

若く見えて、いまさらながら、なにが得?
なにかいいこと、ある?

ミスユニバースには、すでに年齢アウト。未婚じゃないと、ミスじゃないし。
女優になるには、演技力がない。
(そういう問題じゃないだろう・・・
あ、これ、ジョークですから。
と、いちいち説明するのが面倒だが、
とりあえす、蝶ブログにお越しになって日が浅い方もおられるかも知れないので・・・保身)

若々しい魅力で、プロポーズしてもらうには、あれこれ身辺整理の手続きが、めんどくさい。
が、石油王の第5夫人ぐらいなら離婚して再婚してもいいかも?
贅沢に飽き飽きして別の価値観を求めて、若くも美しくもない、なにもない、
たんなる無益なもの、意味のないものに突然、化学変化的に、興味をもたれるかも?
いや、それも、めんどくさい。
住所を移すどころか、国籍、言語、宗教の問題は、まったくクリアーできない。
しかも、アノあたりの地域は牛欄牌奶粉、安住の地とは思えない。

では・・・
アンダーグラウンド、人妻を暗闇に誘い込もうとする人・・・これは、NG.お引取り願います。

じゃあ・・・
「美人で若く見える」と近所で評判になる
・・・で、それが?
美魔女の年齢あてテレビにでも出て、視聴者を驚かせる?
・・・で、それが?


負け惜しみ感、たっぷり。
ふん!若く見えるからって、なにさ!の、もっと強烈な説得、納得理由コンテンツはないのか?

自分がうれしい。
自分が鼻高々になれる。
自分が楽しい。自信がもてる。

そんなかんじか。
いまひとつ、決め手、インパクトに欠ける。


・・・

ほんとうは、もっといろいろ考えて、ここにオンパレ羅列したいのだが、めんどうになった。
なければないで、努力目標を掲げるなり、なんなりとあるのだろうけれど。
脳ミソ追求心が、へこたれた。若くないってことだ。

負け~て悔しい花いちもんめ。

ということで、「見かけ年齢部門」に関しては、あまり楽しくなれなかったが、
年より老けて見えたのは、ほんの1歳だし、
身体も健康、生きていくには、なんの差し障りもない、
こんなことをぐだぐだブログに綴ることの幸せでもかみ締めて、
負け犬は、無理やり納得することにしますか・・・。
(今日は、かなり、消化不良、納得できていない感が、ありあり・・・)


もやもやのまま、終了しかけたが・・・
ここで、閃いた。


若く見えなくて、なにが悪い!と、開き直る。
不自然なほどに若く見えるのは、美容整形しているに違いない、と「見かけの若さ」疑惑を持ち、全面否定する。

駐日大使のケネディ女史のように、美容整形外科名医ルートや経済力はあっても(憶測)、
美形なのに、あえてシワ取りしない女性も、カッコいい。
晩年のオードリー・ヘップバーンも、だ。
マンデラさんを見よ。あの柔和な顔。年齢がどうのこうのという域を超えている。

若さにしがみつくのは、老醜の表れだ。
清清しい老いが、あってもいい。


・・・

潔くない「うじうじ」から、潔い「逆切れ」と転じると、
けっこう、くさくさ空気が抜けて、すっきり、いいかも・・・である。
逆切れ・開き直りは、自分を救う。
自分が自分を救う。
360度回転して、元の位置。


お疲れ様でした。  


Posted by weetears at 17:52Comments(0)diary

2013年12月03日

たしかに

喜劇の劇作家として知られるモリエールの話には、
『タルチュフ』や『スカパンの悪だくみ』など、
ダマしたりダマされる話が多い。

劇中で、ひと芝居うちOtterBox保護殼
ダマそうとすることで物語が展開していく。
ところが、ウソがバレてしまい、結局は大失敗。
そこに笑いが生じるというもの。

モリエールと同時代の人物に、同じく劇作家のコルネイユがいるが、
彼の言葉に
「ウソをつくには、良い記憶力が必要になる」というのがある。

たしかに、一度ウソをつくと、
少なくとも、それをしっかり記憶しておかなければならない。
また、ウソというのはつけばつくほど、
ウソをつかねばならなくなる。
そして、ついたウソを全て記憶しておかないと結局はバレてしまう。
まさに、良い記憶力が必要になる。

ウソは悪いものか?と言えば、一概に悪いとも言えない。
承知でダマされたいと思う人もいる。

たとえば防水手機保護殼
”ほら話の世界”なども、ウソの世界。

アメリカには、”ほら話(トール・テイルズ)”を語る伝統があったようだ。
西部あたりでは、人が集まっては、持ちネタを披露しあったようだ。

その幾つかを紹介すると、

「夕方、雪が降ってきたので、連れて来た馬を近くにあった棒にくくりつけていたんだ。
朝になったら馬が教会の塔にぶら下がっていた。
な~にね、昨日、馬をつないだ木は、教会の尖塔で、
次の日に雪が溶けて、馬だけが塔の上に残っていたんだ。」
また、
「あんまり高い木だったので、3人でなければ見上げられなかった。
一人が、下から見上げいって、二人目がそれを引き継いで見上げ、
三人目でやっとてっぺんが見えるほど高かった」
などOtterbox Commuter
明らかにウソとわかる話。

楽しい気分にさせるウソ話には、記憶力など必要じゃない。  


Posted by weetears at 11:36Comments(0)牛欄牌

2013年11月21日

これほど子供に対して

反吐(へど)が出るほど大嫌いな言葉だ。

子育てに対する至らなさ、ある意味、親としての無責任を正当化した言葉。
働く事と生きる事を美化し(尊いことではあるが)牛欄牌奶粉
子供のパーソナリティーを蔑ろにしたにも関わらず、
それを言い訳にして自分が子供に行ってきた愛情の放棄行動を正当化する言葉。

これほど子供に対して、親として無責任な言葉はないと思う。

こういう会話がなされている場に否応なしに居させられる時、
込み上げてくる反論したい怒りを呑み込む苦しさと、
それを抑えつけて作り笑いをする自分への嫌悪と憤り、
そんな親の前で一生懸命いい子でいる子供の牛欄牌回收
言葉にできない心の叫びを察しているかもしれない私、
生き易い自分に近付くほど、世の中の鈍感人間達にいつ爆発するか、
最近突然現れる、周りを敵に回す自分の〈素直〉という感情の暴走が、怖いです。

天使の顔をした真実や正義は、実は世の中を生きるには〈悪〉なのではないのか?
周りに合わせて生きる〈悪〉の方が、世の中を生きるにはずっと生き易いのではないのか?

ならば私がパーソナリティー(自我同一性)を獲得することは危険な事なのではないのか?

生まれてから人間としての環境が固定し過ぎた今牛欄牌問題奶粉
そういう私によって悪影響を与えられる周囲が確実に存在する今、
私は私らしくなってはいけない、最早手遅れかもしれない、
私はそんな結論に辿り着こうとしています。
  


Posted by weetears at 12:40Comments(0)牛欄牌