2013年11月21日

これほど子供に対して

反吐(へど)が出るほど大嫌いな言葉だ。

子育てに対する至らなさ、ある意味、親としての無責任を正当化した言葉。
働く事と生きる事を美化し(尊いことではあるが)牛欄牌奶粉
子供のパーソナリティーを蔑ろにしたにも関わらず、
それを言い訳にして自分が子供に行ってきた愛情の放棄行動を正当化する言葉。

これほど子供に対して、親として無責任な言葉はないと思う。

こういう会話がなされている場に否応なしに居させられる時、
込み上げてくる反論したい怒りを呑み込む苦しさと、
それを抑えつけて作り笑いをする自分への嫌悪と憤り、
そんな親の前で一生懸命いい子でいる子供の牛欄牌回收
言葉にできない心の叫びを察しているかもしれない私、
生き易い自分に近付くほど、世の中の鈍感人間達にいつ爆発するか、
最近突然現れる、周りを敵に回す自分の〈素直〉という感情の暴走が、怖いです。

天使の顔をした真実や正義は、実は世の中を生きるには〈悪〉なのではないのか?
周りに合わせて生きる〈悪〉の方が、世の中を生きるにはずっと生き易いのではないのか?

ならば私がパーソナリティー(自我同一性)を獲得することは危険な事なのではないのか?

生まれてから人間としての環境が固定し過ぎた今牛欄牌問題奶粉
そういう私によって悪影響を与えられる周囲が確実に存在する今、
私は私らしくなってはいけない、最早手遅れかもしれない、
私はそんな結論に辿り着こうとしています。


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