2013年12月30日

とは言え

俳人・小林一茶の句には、正月を詠んだ句が多い。

中でも、よく知られているもので言えば、
「めでたさも 中くらいなり おらが春」
「あっさりと 春は来にけり 浅黄空」
など、一茶の卜維廉中學、ささやかな人生観を投影した句がすぐに浮かぶ。

同じく正月を詠んだ句に、
「春立や 菰(こも)もかぶらず 五十年」というのがある。
この句の意味を簡単に紹介すると、
「この歳まで乞食(=菰かぶり) に身をやつす事もなく、五十歳の正月を迎えたなぁ」
というところだろうか。
やはり、一茶らしい小市民的な香りが漂っている。

思えば、元旦という日は天文学上の特別な日ではない。
日付の面で一月一日というだけで、
他の日と変わりのない日と言ってもいい。
だけども、正月の朝を迎えると、何か空気まで
昨日と変わっている気分になる。

とは言え、誰もが感じるところだが、
だんだん正月らしさが薄れていっているように思える。
しかし、よくよく観察してみると如新nuskin產品
それ以上に、本当に薄れていっているのは正月そのものではなく、
それを前にした大晦日の有り様かも知れない。

井原西鶴は、庶民の大晦日にこそ、面白みがあるとして、
『世間胸算用(せけんむねさんよう)』を描いてみせた。
江戸時代、大晦日(みそか=月末)は、一年分のツケ払いの決算の日となる。
そのため、貸し手にとっては取り立てなければならない重要な日。
借り手にとっては、何とか逃れようとする一日。
「てんやわんや」の人間模様が展開されるのが大晦日だった。

現代の大晦日といえば、たいてい、普段より増して賑やかなテレビ番組が続く。
そして、夕方頃より世界タイトルマッチや紅白歌合戦など、ますます賑々しい。

と、急に場面が変わるnu skin如新

映し出されるのは、知恩院『除夜の鐘』。
(この落差が、「妙」かも知れない。)

そして、新年を迎える事になる。


今日は、おそらく仕事納め。

いよいよ、お正月行事のモード開幕といったところだろう。


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